まぼろしの喫茶店

信じられない。信じたくない。あんな風に過ごした、あの喫茶店が夢の中での出来事だったなんて。あの店主のおばさんと親睦を深めた時間はなんだったのか…。あの懐かしい感じのするアットホームな雰囲気の店内、透明ビニールカバーのされたメニューを広げ、"絶対に"今の気分にぴったりの一品を選びたくて何度もページを往復した時間は。そこへ出てきた、注文した事をすっかり忘れていた、若干揚げすぎ気味の、塩が利きすぎたフライドポテトの、皿、焦げ具合、味の記憶は。ちなみに皿は、代々続く実家か、ばあちゃん家で出てくるような分厚くて重く、「~ふう(風)」とも位置づけ難いペイントの施された、中くらいの大きさの深皿であった。

少し空気のうすい、高度のある、バスで時間をかけて出掛けてきた場所にある、親戚のおばさんに似た雰囲気を持つ、あの店主のおばさんの店へ、わたしはこれから少しずつ、照れを捨て、人見知りを克服し、少しずつ、自分の話をしたりおばさんの話を聞いたりしながら、少しずつ、常連になろうと淡い期待を胸に抱いたところだったというのに。

なかなか"コレだ!"という一品を見つけられず、しかし意地になって、あまりに注文までの時間をかけすぎたことで若干気まずい雰囲気のなか、側で軽く会話を交わしながら、好意的に、でも適度に距離をとってラフに見守ってくれている店主のおばさんにフライドポテトを「よかったらご一緒に…」とシェアを持ちかけつつ、そろそろマジで注文する品を決めないとと焦ったあの時間は。

午前中に店に入ったのにもう日が暮れかけているなか、もうどうにもこうにもやけくそになってやっと注文したカツ丼の見た目、器、味。白く結露した店の窓、薄暗くなってきた店内。あまりに長く滞在しすぎて、家で待つ母はなかなか帰ってこないわたしを心配しているだろうかと危惧した瞬間の気持ち。それでもここへ足しげく通って、もっともっと、店主のおばさんと親睦を深めていけたらと思っていたのに…。

目が覚めたとき、え?現実に無いんだっけ?と、わりと長い時間その事実を受け止めきれず、記憶と気持ちを整理しようと努力した。いまでも少し信じていない気持ちがある。え、また行くでしょう、それは。いやいや、行くよ。いや、無いのか…。とっても、とっても、本当にとても残念です。