ガンダム00のから端を発したZガンダムと富野由悠季のわるくち

 ガンダム00のキャラクターデザインって 高河ゆん だったんだ・・・・・・。
 やっぱり制作段階から腐女子狙いのマンガだったんじゃん。もう腐女子以外は眼中にもないってくらいターゲットしぼりまくってるじゃん。
 ロボットアニメのガンダムなんだから、もうちょっとチビッコの男の子達の事考えて作ってほしいかった。
 こないだ見たマンガの中に『この作品にはたくさんの人の地位や金に対する欲望が渦巻いているのが見える』ってセリフがあったんだけど、これはまさにそれだと思う。
 後世に残るおもしろい作品を作ろうとする情熱や新しいものに挑戦するための試行錯誤が感じられない。いかに儲けようかというドロドロした欲望と、「腐女子に金を使わせるための作品マニュアル」に則っているだけの底の浅いロジックしか感じられない。最近のマンガによくあるこのスタイルは見ていてがっかりする。もう『作品』ではなく『消耗品』という感じがする。

 『作品』と呼ばれるものを作るためには、作り手は崇高な志がなくてはいけないはず。初代ガンダムの原作者の富野由悠季は、シビアで現実的で、その上独自の美学を持っているすばらしい作家だと思う。
 しかし、最近は昔と比べて考えられないくらい切れ味が悪い・・・。
 これは私の個人の勝手な考えだが、富野由悠季も絶対に今の消耗品マンガのスタイルに対して憤りを感じているはずだ思う。しかし商業的に自身の冠のついているマンガを否定する事ができないでいるのではないだろうか。その事を問い詰められても開き直り的な発言か、商業的に成功かどうかしか言及していない。
 富野由悠季は以前テレビで「ガンダムは完結させたかったのに、スポンサーとの商業的駆け引きの中で、しかたなく続編を作らざるをえなかった」というような事を言っていたし「ガンダムの続編であるZガンダムは嫌いだし、見ていない」とも言っていた。
 そんなに忌み嫌っていたZガンダムなのになぜ最近になって劇場版なんて作ったのだろうか。嫌いだったZガンダムをもう一度自身の納得のできる作品に作り直したかったのだろうか・・・・。しかしそれはないと思う。劇場版のZガンダムはTV版とは比べ物にならないほど明らかな駄作だったからだ。
 カットの多くに、(嫌いだったはずの)20年以上昔のTV版の絵をかなりたくさん切り貼りして使いまわしたり、新しい綺麗なカットと画質が違いすぎて不自然だったり、どうでもいいような日常のシーンが追加されて、重要な戦闘シーンがカットされて、ストーリーが分かりにくくなったり・・・。予算も、時間も不十分なのが素人が見てもわかってしまう。
 それでもガンダムシリーズの中でも特に人気の高いZガンダムが富の監督の手で20年ぶりに劇場版で復活したとなればいやおうなしに期待は高まり、それなりの収益は手堅く上げられる。

 ・・・・こんな見苦しい真似をしなければ作り手達が生きていけないほど、今の日本は低迷しているのだと思う。
 今、くだらないマンガが蔓延している根底は日本経済にあると思う。

 日本が元気だと、作り手だって本当に面白いことに取り組めるはず。日本の漫画が根っこまで腐ってしまわないうちに、日本は経済を回復しなければいけないと思う。

http://www.gundam00.net/character_1st/index.html